2008年03月12日

我慢の先にあるものを信じて…



ここ数ヶ月、やたらと鼻につく社員がいる。
まるでセクショナリズムの塊のよう。
歳も近いし、会えば普通に話す間柄だったが、
最近はもうめっきり。
今日も電話で終始ムカッ腹が立った。

きっかけはこうだ。
「資料を探しているから、持っているならくれないか?」
そう電話で訪ねると、
「君じゃ見ても理解できないだろうから…」

一瞬耳を疑う一言だった。
もしかしたら、言葉通りの意味ではなかったかもしれないが、
とにかく癇に障る一言だった。
その後も10分以上、あれこれ議論を続けるも改善の余地がなかったから
「じゃあ、もういいです」
そんな感じで電話を切った。
(本心ではもう頼まねぇよ!とぶちまけたかった...)

それ以降も何かと人を見下した態度を取るそいつ。

今夜も電話で同様のやりとりが続いた。

非常に頭にくるわけだが、
仕事柄切れない関係のためキレずに我慢はしている。



というのも、以前の職場の最終日前日、
人事課長と話したときの一言が忘れられないから。
「どんなに嫌いで、喧嘩したくなっても、その人を好きになる
 努力をすることで、いつの日かいい関係が築けるようになる。
 そうすれば救われることは実際あるんだ。
 でも、その時はいつ来るのかわからないし、もしかしたら
 こないこともあるかもしれない。
 忍耐強く好きになろうと努力するのはとても苦しいことだ。
 でも、人と関わっていく上で、そういうスタンスを取ることは
 ○○君の今後の財産になるはずだよ。」

一言一句あっているわけではなく、ある程度咀嚼しているが
こんなことを自らの体験談と併せて語ってくれた。
その人事課長はとても交友関係が広い。
だからこそ、説得力があり、心に響くものだった。



以前の自分ならば冒頭の人物に対して
敵対心剥き出しで応対していてもおかしくないけれど、
その課長の言葉が頭に浮かび、憤りを収めてくれる。

その言葉を受け入れて続けていくことで、
人間関係を更に広く深くできるようになるかも?
そんな期待を抱いたから。



課長、本当にこれを続けるのは苦しいですよ…
怒りを本人にぶつけたくて仕方ないですから。

でも、きっとそれをしてしまうと取返しがつかなくなるだろうし、
長期的に見て、それがいつか災いとなって自分に戻る気がする。
だから我慢し続けてみよう。

関係を改善したい、その時に相手が変わることを期待しても
そんなのどうなるかわからないし、非常に難しいはず。
だから、苦しいけどまずは自分を変えていくことで
いい方に転ぶことを信じてみよう。

最近は以前と比べ物にならないぐらい不満を
外に出さなくなったと自負しています。
これを習慣化することで、少なからず人格が形成されるからね、






でも、限度を超えて人間性を否定されたときには黙っていないけど。
そこまでは我慢する必要もないと思うしね。


posted by N-4 at 01:06| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の結論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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